キャリア変革者の足跡

安定した大企業管理職を辞め、税理士として独立開業。ゼロからのスタートとセカンドキャリアの構築

Tags: キャリアチェンジ, 税理士, 独立開業, セカンドキャリア, 管理職

安定した地位から、全く新しい世界へ

長年、大企業でキャリアを積み重ね、管理職として安定した地位にあった方が、全く異なる分野で一から専門性を身につけ、セカンドキャリアを築くことは容易なことではありません。特に、難関資格を取得してプロフェッショナルとして独立するという道は、多くの読者の方々にとって、関心と同時に大きな不安を抱かせるテーマかもしれません。

今回は、大手企業で管理職として活躍されていたA氏(仮名、現在50代前半)が、安定した地位を離れ、税理士資格を取得し、独立開業に至るまでの道のりをご紹介します。なぜ安定を捨ててまで新たな挑戦を選んだのか、資格取得の苦労、独立後の経済的な現実、そしてどのようにしてセカンドキャリアを構築しているのか。その実像に迫ります。

転身の動機:安定の中に見えた「このままで良いのか」という問い

A氏は40代後半まで、誰もが知る大手企業で経理部門の管理職を務めていました。責任あるポジションで、部下も複数おり、収入も安定していました。しかし、心の奥底には「このままで良いのだろうか」という漠然とした問いがあったと言います。

日々の業務は決められた枠組みの中で進み、大きな変化は少なく、組織の歯車の一部として働く感覚が強まっていったそうです。自身の専門性や経験を、もっと直接的に、そして自身の裁量で活かせる仕事がしたいという思いが募っていきました。また、定年後のキャリアについても考え始める中で、会社に依存しない、自身の力で道を切り開くことへの憧れも抱くようになりました。

様々な選択肢を検討する中で、A氏がたどり着いたのが「税理士」という道でした。経理部門での経験から、税務や会計の重要性は理解していましたし、専門知識を深めることで、個人や中小企業の経営に深く関わり、貢献できる点に魅力を感じたと言います。また、資格を取得すれば、独立して働くことも可能です。これは、会社という組織に縛られない働き方を模索していたA氏にとって、非常に魅力的な選択肢でした。

難関資格への挑戦:立ちはだかる高い壁

税理士資格は、科目合格制とはいえ、非常に難易度の高い国家資格です。働きながらの挑戦は、想像以上に困難な道のりでした。

A氏はまず、夜間や週末を利用して専門学校に通い始めました。しかし、体力的な負担は大きく、若い頃のように集中力が持続しないことに直面しました。仕事での疲労がある中での勉強時間の確保は、まさに自分との戦いだったそうです。家族との時間も削らざるを得ず、理解を得るための話し合いも重ねました。

結局、働きながらの資格取得には限界があると感じ、A氏は一大決心をして、会社を退職しました。安定した管理職の地位を捨てることへの不安は計り知れませんでしたが、ここで挑戦しなければ後悔するという強い思いが勝りました。

退職後は、失業保険を受けながら、資格取得に専念しました。しかし、それでも試験は一筋縄ではいきません。不合格を経験するたびに、年齢に対する焦りや、この選択が正しかったのかという疑問が頭をよぎったと言います。経済的な不安も常に付きまとい、貯金が減っていく現実を目の当たりにするたびに、精神的なプレッシャーは増大しました。

独立開業という現実:ゼロからの顧客獲得と経済的な苦労

数年の期間と多大な努力を経て、ついに税理士資格を取得したA氏。すぐに税理士事務所に勤務することも考えましたが、当初の独立への思いを諦めきれず、独立開業という道を選びました。

しかし、独立もまた新たな苦労の始まりでした。税理士として働くには、資格だけでは十分ではありません。実務経験が必要ですし、何よりも重要なのは顧客を獲得することです。人脈がゼロからのスタートだったA氏は、営業活動に苦戦しました。異業種交流会に参加したり、地域の商工会議所に顔を出したり、積極的に情報発信を行ったりと、あらゆる手段を試みました。

開業当初は、顧問契約もスポットの依頼もほとんどなく、収入は激減しました。大企業の管理職時代の収入からは考えられないほどの経済的な不安定さに直面し、改めて「安定を捨てる」ことの重みを痛感したと言います。この時期が、キャリアチェンジ後、最も精神的につらかった時期だったそうです。

葛藤を乗り越えて得られたもの:働きがいとセカンドキャリアの展望

経済的な苦労や顧客獲得の難しさに直面しながらも、A氏は諦めませんでした。管理職時代に培ったコミュニケーション能力や、様々な部署と連携して業務を進める調整力、そして何よりも、目標達成に向けて粘り強く取り組む姿勢が、独立後の困難を乗り越える上で大いに役立ったと言います。

地道な営業活動や、紹介などを通じて、少しずつ顧客が増えていきました。顧客の税務相談に応じ、会社の経営をサポートする中で、A氏は大きなやりがいを感じるようになりました。大企業の一員としてではなく、自身の専門知識が直接的に相手の役に立ち、感謝される。そして、自身の判断と裁量で仕事を進められる。経済的な安定はまだ道半ばですが、精神的な充実度は管理職時代をはるかに上回っていると語ります。

A氏のセカンドキャリアはまだ始まったばかりですが、今後は自身の得意分野をさらに確立し、特に中小企業の事業承継やM&Aに関連する税務サポートなど、管理職時代の経験も活かせる領域に注力していきたいと考えています。

この事例から学ぶキャリア変革のヒント

A氏の事例は、安定した地位からのキャリアチェンジ、特に専門職への転身が、決して楽な道ではないことを示しています。難関資格の取得という明確なハードル、そして独立後の経済的な現実や顧客獲得の苦労など、乗り越えるべき多くの困難があります。

しかし、同時に、強い動機と周到な準備、そして何よりも困難に立ち向かう覚悟があれば、たとえゼロからのスタートであっても、自身の力で新たな道を切り開くことが可能であることも教えてくれます。管理職として培った経験は、直接的な業務知識としてではなくとも、人間関係の構築、問題解決能力、精神的なタフさといった形で、必ず新しいキャリアでも活かされるはずです。

安定を捨てて新たな一歩を踏み出すことは、確かにリスクを伴います。しかし、その先には、自身の価値観に基づいた、より大きな働きがいや充実した人生が待っている可能性も十分にあります。A氏のように、現状維持の安定と変化への不安の間で揺れ動いている読者の方々にとって、この事例が、自身のキャリアを見つめ直し、未来への一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。