キャリア変革者の足跡

安定した大手不動産管理職から、地方の空き家問題解決に挑むソーシャルビジネスへ転身した変革者の現実

Tags: キャリアチェンジ, セカンドキャリア, ソーシャルビジネス, 空き家問題, 地方創生

安定の地位から、社会課題解決の最前線へ

長年かけて築き上げた安定したキャリア。特に40代後半ともなれば、管理職としての地位を確立し、経済的な安定も得られている方が多いでしょう。しかし、その一方で、日々の業務に追われる中で「このままで良いのだろうか」「もっと社会に役立つ仕事がしたい」「自分の手で何か新しい価値を生み出したい」といった内なる声に耳を傾け始める方も少なくありません。特に、現代社会が抱える様々な課題、例えば地方の過疎化や高齢化に伴う「空き家問題」などが身近なものとして感じられるようになったとき、その解決に向けて自らのキャリアを投じたいと願う方もいらっしゃいます。

今回は、大手不動産会社で管理職として活躍されてきた方が、その安定した地位を離れ、地方で空き家問題の解決を目指すソーシャルビジネスに転身された事例をご紹介します。安定した環境から未知の世界へ飛び込む決断、その動機、直面した現実的な困難、そしてそこから見出した新たな働きがいについて、その足跡をたどります。

大手不動産会社でのキャリアと、芽生えた問題意識

都内の大手不動産会社で、順調にキャリアを積んでこられたAさん(仮名)。数十億円規模のプロジェクトを動かす部署で管理職を務め、部下を率い、会社の業績に貢献することに大きなやりがいを感じていました。経済的にも恵まれ、社会的な信用もあり、周囲からは「成功したビジネスパーソン」と見られていました。

しかし、キャリアの円熟期に差し掛かるにつれて、Aさんの心には漠然とした疑問が生まれ始めました。会社の利益を追求する仕事はもちろん重要ですが、もっと地域や社会と直接的に関わり、具体的な課題解決に貢献したいという思いが強くなっていったのです。

その思いが現実的な行動へと繋がったきっかけは、故郷である地方都市に帰省した際に目にした、増え続ける空き家の存在でした。かつて賑わっていた商店街のシャッターは閉まり、立派な古民家が無残な姿で放置されている光景に胸を痛めました。同時に、そこで暮らす高齢者の方々が住まいの問題や地域コミュニティの衰退に悩んでいる現実を知り、自身が不動産のプロフェッショナルとして培ってきた知識や経験を、こうした社会課題の解決に活かせないか、と真剣に考えるようになったのです。

安定を捨て、地方のソーシャルビジネスへ

空き家問題への関心が高まるにつれ、Aさんは情報収集を始めました。地方自治体やNPOが取り組む空き家バンク事業、空き家を再生して移住者に提供する取り組み、古民家を活用した地域活性化プロジェクトなど、様々な事例を調べました。そして、単なるボランティアやNPO活動としてではなく、ビジネスとして持続可能な形で空き家問題を解決する「ソーシャルビジネス」という手法に大きな可能性を感じました。

大手不動産会社という組織の中では、どうしても営利目的が優先され、地域に根ざした、きめ細やかな課題解決に取り組むことには限界があることも理解していました。そこでAさんは、長年勤めた会社を辞め、自ら地方に移住し、空き家を活用したソーシャルビジネスを立ち上げるという、大きなキャリアチェンジを決断します。

周囲からは当然、驚きと反対の声が上がりました。「なぜ、あの安定した地位を捨てるのか」「地方で、しかも空き家なんて儲かるのか」「家族はどうするんだ」など、様々な疑問や懸念が示されました。特に、経済的なリスクに対する指摘は多く、長年当たり前だった安定収入を失うことへの不安は、Aさん自身にも当然ありました。しかし、「人生の後半は、自分が本当に価値を感じることに時間を使いたい」「この社会課題に挑戦しない後悔よりも、挑戦する苦労を選びたい」という強い意志が、その不安を上回りました。

直面した現実と、想像以上の困難

地方に移住し、意気揚々と事業を開始したAさんを待っていたのは、想像以上の厳しい現実でした。

まず、経済的な側面です。大手企業時代の収入と比較すると、立ち上げたばかりの事業からの収入は微々たるものでした。潤沢だった貯蓄は、事業準備や当面の生活費、空き家の改修費用などにみるみる減っていきました。事業が軌道に乗るまでの資金繰りは常に頭痛の種であり、安定した給与が毎月振り込まれる生活がいかに恵まれていたかを痛感しました。

次に、事業そのものの難しさです。一口に「空き家」と言っても、その状態や所有者の事情は様々です。所有者との交渉には根気が必要であり、中には権利関係が複雑な物件や、老朽化が激しく多額の改修費用がかかる物件も少なくありません。地域の住民との関係構築もゼロからであり、よそ者として受け入れられるまでには時間と努力が必要でした。また、事業の核となる「空き家をどのように活用し、収益を上げて持続させていくか」というモデルの確立にも試行錯誤が続きました。カフェとして再生する、移住者向けのシェアハウスにする、民泊施設にする、など様々なアイデアを検討しましたが、地域のニーズや物件の状態に合う形を見つけるのは容易ではありませんでした。

さらに、心理的な葛藤もありました。慣れない環境での孤独感、事業が計画通りに進まない焦り、そして何よりも、これまで築いてきた安定を失ったことへの不安が常にありました。大手企業では当たり前だった組織力や豊富なリソース、専門部署によるサポートは一切ありません。企画、営業、資金調達、改修管理、広報、事務処理まで、すべてを一人で、あるいはごく少数の協力者と共に進めなければならない状況は、管理職として「人を動かす」ことに長けていたAさんにとって、大きなギャップであり、新たな挑戦でした。

困難を乗り越え、見出した新たな働きがい

こうした数々の困難に直面しながらも、Aさんは諦めませんでした。大手不動産会社で培った物件評価や交渉のスキル、多様な関係者とコミュニケーションを取る力は、空き家所有者や地域住民との信頼関係構築に役立ちました。管理職としてチームを率いた経験は、少ないながらも協力してくれる人々と連携し、事業を進める上で大いに活かされました。

また、地域のキーパーソンとの出会いも大きな支えとなりました。地方自治体の担当者、地元の工務店、地域おこし協力隊など、同じ問題意識を持つ人々とのネットワークを広げることで、情報や協力を得られるようになりました。地域のイベントに積極的に参加し、顔と名前を覚えてもらう地道な活動も、信頼を得る上で不可欠でした。

何よりもAさんを突き動かしたのは、「この事業を通して、地域が少しずつ元気になっていくのをこの目で見たい」「誰かの役に立っているという実感を持ちたい」という強い思いでした。老朽化していた空き家が再生され、新たな住民が移り住んできたとき。再生した空き家を活用した施設に地域の人々が集まり、笑顔が生まれたとき。経済的な苦労や事業の進捗の遅れといった現実的な厳しさは続きましたが、それらの瞬間に得られる深い満足感や達成感は、以前の安定したキャリアでは決して味わえなかったものでした。

事業はまだ発展途上ですが、少しずつ収益も生まれ始め、持続可能なビジネスモデルが見えつつあります。地域からの信頼も厚くなり、新たな空き家活用の相談も増えています。Aさんは、「安定を捨てて見つけたのは、予測不可能な未来への不安と、それを乗り越える挑戦の面白さ、そして何よりも、社会に貢献できているという確かな手応えでした」と語っています。

キャリア変革から見出すセカンドキャリア構築のヒント

Aさんの事例は、安定した管理職の地位から、社会課題解決を目指す異分野へのキャリアチェンジが、いかに大きなリスクと困難を伴う一方で、個人の成長や働きがいにおいて計り知れない価値をもたらす可能性を示唆しています。

40代後半からのキャリア変革、特に社会貢献性の高い分野への転身を考える際には、以下の点が重要なヒントとなるでしょう。

セカンドキャリアは、これまでのキャリアの集大成であると同時に、新たな自分を発見し、社会との関わり方を再定義する機会でもあります。安定した地位から一歩踏み出すことは勇気がいることですが、その「足跡」は必ずや、自身の人生をより豊かに、そして社会にとっても価値あるものにしてくれるはずです。今回の事例が、自身のキャリアを見つめ直し、新たな可能性を探るための一助となれば幸いです。