キャリア変革者の足跡

安定した大企業経理管理職を辞め、成長著しい食のスタートアップCFOへ。セカンドキャリアで財務の知見を活かす道

Tags: キャリアチェンジ, 管理職, スタートアップ, CFO, 経理, 財務, セカンドキャリア, 異業種転職, 安定からの転身

安定した大企業の管理職というポジションは、多くの人にとって目標であり、到達点と感じられるかもしれません。しかし、その安定の中に、漠然とした閉塞感や「このままで良いのだろうか」という問いを感じ始める方もいらっしゃいます。特に40代後半を迎え、セカンドキャリアを意識し始めたとき、これまでの経験や培ってきた専門性を、全く異なるフィールドで活かしてみたいという思いが芽生えることがあります。

今回は、長年大企業の経理部門で管理職を務めた後、安定した地位を離れ、急成長中の食関連スタートアップのCFO(最高財務責任者)として新たなキャリアを歩み始めた佐藤氏(仮名)の事例をご紹介します。彼のキャリア変革の軌跡から、安定を捨てて未知へ踏み出すことの現実、葛藤、そして得られるものについて探ります。

安定したキャリアからの内なる問い

佐藤氏は、誰もが知る大手消費財メーカーの経理部門で、20年以上にわたりキャリアを積み重ねてきました。40代後半には部門の中核を担う管理職として、部下の育成や重要な予算管理、決算業務に携わり、その能力は社内外から高く評価されていました。給与も安定しており、福利厚生も充実しています。客観的に見れば、絵に描いたような順風満帆なキャリアでした。

しかし、佐藤氏の心の中には、少しずつ違和感が募っていました。日々の業務はルーチン化し、大きな変化や挑戦の機会は減っていました。組織の歯車として貢献している実感はあるものの、自身の専門知識や経験が、もっと直接的に、もっとダイナミックに事業の成長に貢献できる場があるのではないか、という思いが強くなっていったのです。特に、消費者の嗜好や技術が目まぐるしく変化する現代において、自身が働く大企業では意思決定のスピードが遅く、新しい取り組みが形になるまでに長い時間を要することに、もどかしさを感じていました。

スタートアップとの出会い、そして決断

そのような思いを抱えながら情報収集を始めた佐藤氏は、知人の紹介で、食のD2C(Direct to Consumer)サービスを展開するあるスタートアップの存在を知ります。その企業は、こだわりの食材を使い、テクノロジーを駆使して新しい食体験を顧客に提供しており、設立から数年で急成長を遂げていました。代表取締役と話をする中で、佐藤氏は彼らのビジョンと情熱、そして自身の経理・財務に関する高度な専門知識が、会社の次のステージへの成長に不可欠であるという彼らの考えに強く惹かれました。

スタートアップ側は、上場を目指す上で財務体制の強化が急務であり、大企業で豊富な経験を持つ佐藤氏のような人材を求めていました。提示されたポジションはCFO。単なる経理部長ではなく、経営陣の一員として、資金調達、財務戦略の立案、内部統制の構築など、より経営全体に関わる重要な役割です。

佐藤氏は心が大きく揺れ動きました。長年築き上げてきた安定を手放し、未知数なスタートアップの世界に飛び込むことへの恐れ。給与水準は下がり、福利厚生も大幅に簡素化されます。成功すれば大きなリターンがある可能性もありますが、事業が立ち行かなくなるリスクも当然あります。家族のことも考えなければなりません。

この決断に至るまで、佐藤氏は家族と何度も話し合いを重ねました。妻は当初心配していましたが、佐藤氏の熱意と、大手企業では得られない経験や成長があるかもしれないという可能性に理解を示してくれました。また、信頼できる友人や元同僚に相談し、様々な視点からの意見を聞きました。最終的に、佐藤氏は「自分の専門性を、事業の根幹に関わる立場で、よりスピード感を持って活かしたい」という内なる声に従い、オファーを受けることを決断しました。それは、単なるキャリアチェンジではなく、自身の人生に対する価値観を見つめ直した結果でもありました。

直面した現実と葛藤

スタートアップへ転職してまず佐藤氏が直面したのは、大企業との文化やスピード感のあまりのギャップでした。大企業では整然と組織化されていた業務プロセスは、スタートアップでは良くも悪くも柔軟で、時には混沌としています。予算管理や承認プロセスも大企業のような厳格なルールはなく、スピード重視で進められます。経理・財務のプロフェッショナルとして、リスク管理の観点からこれは看過できない場面もあり、いかにバランスを取るかに苦慮しました。

また、CFOという立場は、単に数字を管理するだけでなく、事業戦略の策定、資金調達のための投資家との交渉、法務や人事などバックオフィス全体の統括まで、非常に幅広い知識と対応力が求められました。これまで経理一筋で来た佐藤氏にとって、未知の領域が多く、常に新しい知識を吸収し、即座に判断を下していく必要がありました。

そして、現実的な問題として、経済的な変化は小さくありませんでした。月々の手取り収入は減少し、退職金も期待できません。ストックオプションは将来的な可能性を秘めていますが、不確実です。万が一事業が失敗した場合のセカンドプランについても、常に頭の片隅で考える必要がありました。安定したレールから外れたことによる、精神的なプレッシャーも感じていたと言います。

困難を乗り越え、見出した新しい働きがい

これらの困難に対し、佐藤氏は自身の強みである「財務・経理の専門知識」を核としつつ、積極的に未知の領域に飛び込み、学び続ける姿勢で対応しました。会計や税務に関する知識はもちろん、スタートアップ特有のファイナンス手法や、労務、法務など、必要となる知識を貪欲に吸収しました。

また、大企業で培った論理的思考力や関係構築能力も大いに役立ちました。経営会議では、感情論ではなく数字に基づいた冷静な分析と提言を行い、他の経営陣からの信頼を得ました。社員に対しても、一方的に指示するのではなく、大企業での組織マネジメント経験を活かし、フラットなコミュニケーションを心がけました。

最も大きかったのは、自身の貢献が事業の成長に直結していることを実感できたことです。資金調達が成功したとき、新しい事業ラインの立ち上げを財務面から支えたとき、組織体制が強化されたときなど、一つ一つの成果が会社の成長という目に見える形で現れます。これは、大企業の一員として働く中では得られなかった、大きな「働きがい」となりました。経済的な安定は一時的に失われましたが、それと引き換えに、自身のスキルが活かされ、事業に貢献できているという強い充足感を得ることができたのです。リスクと充実度のバランスは、佐藤氏の場合、充実度へと大きく傾きました。

セカンドキャリアとしてのCFO、そして未来

佐藤氏のキャリアチェンジは、単に「会社を変えた」というだけでなく、自身の専門性を再定義し、セカンドキャリアをダイナミックに構築していくプロセスでした。彼は今、単なる財務担当者ではなく、会社の経営戦略に深く関与するCFOとして、事業成長のエンジンの一つとなっています。

スタートアップでの経験は、佐藤氏に新しい視点と柔軟性をもたらしました。大企業での経験は揺るぎない基盤となり、スタートアップのスピード感と掛け合わせることで、独自の価値を発揮しています。彼の事例は、安定した地位にある管理職が、これまでの経験を活かしつつ、異分野・異業種で新しい挑戦をすることの可能性を示しています。経済的なリスクは伴いますが、自身の専門性を成長分野で活かすことで、これまでの安定とは異なる形の充足感や、自身の市場価値の向上を得ることも可能です。

セカンドキャリアを模索する中で、もしあなたが現在の安定に物足りなさを感じているのであれば、自身の専門性や経験が、現在の環境以外でどのように活かせるのか、どのような社会的課題の解決に貢献できるのかを考えてみる価値はあるでしょう。未知への一歩は勇気がいりますが、その先に待つ成長や、自身の人生を主体的に切り開いていく実感は、何物にも代えがたい財産となるはずです。佐藤氏のように、リスクを受け入れ、自身の可能性を信じて踏み出した「キャリア変革者の足跡」は、きっとあなたの背中を押してくれるでしょう。