安定した管理職を辞め、観光地域づくり法人(DMO)へ。地域貢献とセカンドキャリアの構築
安定した組織で長年キャリアを積み、管理職というポジションに就いている方のなかには、ふと自身の働き方や人生の後半について考える瞬間があるかもしれません。現状の安定した地位に感謝しつつも、「このままで良いのだろうか」「もっと社会に貢献できることはないか」「本当にやりたいこととは何だろうか」といった問いが頭をよぎることもあるかと存じます。
特に40代後半という年齢は、キャリアの折り返し地点として、そしてセカンドキャリアを見据える上で重要な節目となります。安定した環境を離れ、未知の分野へ飛び込むことには大きな不安が伴いますが、それでも新たな一歩を踏み出し、自分らしい働きがいや人生の充実を追求する方もいらっしゃいます。
今回は、大手企業の管理職という安定した地位を離れ、観光地域づくり法人(DMO)という、地域活性化の要となる組織へ転身された方の事例をご紹介し、そのキャリア変革の道のりから、セカンドキャリア構築のヒントを探ります。
大手企業の管理職からDMOへ転身したAさんの事例
都内の大手サービス企業で、長らく管理部門の管理職を務めていたAさん(40代後半)は、組織内での評価も高く、経済的にも安定した生活を送っていました。しかし、業務内容が年々細分化され、自身の仕事が社会全体に与える影響が見えにくくなっていることに、漠然とした物足りなさを感じ始めていたといいます。
そんな折、Aさんの故郷に近いある地方都市が設立したDMOの求人を目にする機会がありました。そのDMOは、地域独自の資源を活かした新たな観光コンテンツ開発や、プロモーション、受け入れ体制整備などを通じて、地域経済の活性化を目指す組織でした。生まれ育った地域への愛着と、「何か地域のためにできることはないか」という以前からの思いが結びつき、Aさんはこの未知の世界へのキャリアチェンジを真剣に検討し始めました。
転身を決意した動機と向き合った葛藤
Aさんが安定した管理職の地位を離れ、DMOへの転身を決意した最大の動機は、自身のキャリアを通じて直接的に社会、特に「地域」に貢献したいという強い願いでした。大手企業での経験で培ったマネジメント能力、調整力、企画力といったスキルを、より規模は小さくとも、自身の顔が見える範囲で活かしたいと考えたのです。また、新しい環境でゼロから組織を作り上げていくプロセスそのものに、大きな挑戦とやりがいを感じていたといいます。
しかし、決断に至るまでには多くの葛藤がありました。最も大きかったのは、やはり経済的な不安です。DMOの給与水準は、大手企業の管理職時代に比べれば大幅に低下します。家族を持つ身として、生活レベルの変化や将来の貯蓄計画への影響は無視できませんでした。また、これまで経験のない「観光」という分野、そして地域という閉鎖的なコミュニティに、よそ者として飛び込むことへの不安もありました。周囲からは「なぜわざわざ安定を捨てるのか」という声もあり、理解を得るのに苦労した場面もあったそうです。
乗り越えるべき現実的な困難
DMOに転職してからのAさんの日々は、まさに挑戦の連続でした。まず直面したのは、経済的な現実です。収入が減った分、家計の見直しは必須となり、以前のような生活水準を維持することは難しくなりました。しかしAさんは、これを「新しい価値観で生きるチャンス」と捉え、無駄を省く工夫をすることで乗り越えていきました。
仕事内容においても、大手企業のように部署が細かく分かれているわけではなく、企画立案から営業、広報、さらには地域住民との調整や現場での細かな作業まで、文字通り「何でも屋」として動く必要がありました。会議では議論が進まない、合意形成に時間がかかるといった地域特有の進め方に戸惑うこともありましたが、根気強く対話を重ねることで、徐々に信頼関係を築いていきました。
観光事業そのものの厳しさも身をもって知りました。地域の魅力発掘やプロモーションは容易ではなく、すぐに結果が出るとは限りません。収益を上げてDMOを持続可能な組織にするための事業計画策定や実行も、大きな課題として常に存在していました。
困難を乗り越え、見出した働きがいとセカンドキャリア
これらの困難に対し、Aさんは過去の経験と新しい環境で得た学びを柔軟に組み合わせることで乗り越えていきました。大手企業で培った論理的思考力やプロジェクトマネジメントのスキルは、DMOの事業計画策定や業務効率化に大いに役立ちました。一方で、地域住民との密なコミュニケーションを通じて、多様な価値観を理解し、共感を得ながら物事を進めることの重要性を学びました。
転身から数年が経ち、AさんはDMOでの仕事に大きな働きがいを感じています。確かに収入は減りましたが、それ以上に、自身の仕事が地域経済の活性化に直接つながり、訪れる観光客や地域住民の笑顔を見ることができる喜びは、以前の安定した地位では得られなかったものです。「働く」ことの価値観が、「得るもの(報酬)」から「与えるもの(貢献)」へとシフトしたのです。
また、DMOでの経験を通じて、地域社会における多様な課題や可能性に触れ、自身のセカンドキャリアの選択肢が広がったと感じています。今後は、観光分野にとどまらず、地域の教育や福祉といった他の分野とも連携しながら、より包括的な地域づくりに貢献していきたいという展望を持っています。
この事例から考えるセカンドキャリア構築のヒント
Aさんの事例は、安定した地位を離れても、これまでの経験やスキルを異分野で活かし、新たな働きがいや充実したセカンドキャリアを築くことが可能であることを示しています。
この事例から得られるヒントはいくつかあります。まず、キャリアチェンジを検討する際は、自身の「なぜ」を深く掘り下げることが重要です。Aさんのように、「地域に貢献したい」「新しい挑戦をしたい」といった明確な動機は、困難に直面した際の支えとなります。
次に、現実的なリスク、特に経済的な側面については、事前にしっかりとシミュレーションし、対策を講じることが不可欠です。そして、未知の分野へ飛び込む際には、これまでの経験に固執せず、謙虚に学び、柔軟に対応する姿勢が求められます。
最後に、セカンドキャリアは、単に働く場所を変えるだけでなく、自身の価値観や「成功」の定義を再構築する機会でもあります。経済的な安定だけでなく、働きがい、社会貢献、自己成長といった多様な要素を重視することで、より豊かなキャリア人生を歩むことができるのではないでしょうか。
安定した管理職の地位からのキャリア変革は、容易な道ではありません。しかし、Aさんのように、明確な意志と周到な準備、そして何よりも新しい環境への適応力と情熱があれば、人生の後半戦を彩る、素晴らしいセカンドキャリアを築くことは十分に可能です。この記事が、キャリアの変革を志す皆様の参考になれば幸いです。