安定した企業管理職から、ESGコンサルタントへ。セカンドキャリアで社会課題解決を目指す変革者の軌跡
安定した地位から、社会が求める新たな専門家へ
長年築き上げたキャリア。特に40代後半ともなれば、組織内での地位も安定し、一定の経験と信頼を得ている方が多いでしょう。しかし、その安定した場所から一歩踏み出し、未知の領域であるESG（環境・社会・ガバナンス）分野のコンサルタントへとキャリアを変革する。そのような道を選んだ方々がいます。
ここでは、大手企業で管理職として活躍していた田中さん（仮名、50代）の事例を通して、安定した立場からのキャリアチェンジにおける動機、直面した現実、そしてセカンドキャリアの構築について掘り下げていきます。
キャリアチェンジの動機：社会課題への意識と内なる声
田中さんは、長年、消費財メーカーの企画部門で管理職を務めていました。順調に昇進を重ね、経済的にも安定した生活を送っていましたが、漠然とした物足りなさや、社会に対する貢献という視点が欠けていると感じるようになりました。
特に、近年高まる企業の社会的責任やサステナビリティへの関心は、田中さんの心に強く響きました。自社の事業活動が環境や社会に与える影響について考えるうち、「もっと直接的に、社会が抱える大きな課題の解決に関わりたい」という思いが募っていったのです。大手企業の中で既存のビジネスを推進することにも意義は感じていましたが、自身の知識や経験を、より広範な社会課題解決のために役立てたいという内なる声に抗えなくなりました。
未経験分野への挑戦：知識の壁と経済的な現実
ESGコンサルタントという道を目指すにあたり、田中さんが最初に直面したのは、専門知識の圧倒的な不足でした。企業経営の知識や企画立案の経験は豊富でしたが、気候変動、人権、サプライチェーン管理といったESGの具体的な論点や、それらを企業戦略に統合する手法については、ゼロから学ぶ必要がありました。
仕事の傍ら、関連書籍を読み漁り、オンライン講座を受講し、時には土日を返上して専門セミナーに参加しました。こうした学習には、時間だけでなく少なくない経済的な投資も伴いました。また、これまでの人脈は主に消費財業界に特化しており、ESG分野の専門家や実務家とのネットワークは皆無に等しい状況でした。
安定とのトレードオフ：リスクと向き合う日々
実際にキャリアチェンジを決断し、長年勤めた会社を辞めることは、経済的リスクと心理的な不安を伴いました。管理職としての安定した収入は途絶え、新たな職に就くまでの期間や、コンサルタントとして独り立ちできるかどうかの保証はありません。家族の理解を得ることも、重要なステップでした。長年の安定した生活水準からの変化を受け入れてもらうために、自身の熱意とリスクへの備えを丁寧に説明する必要がありました。
転身後は、想像以上に厳しい現実もありました。駆け出しのコンサルタントとして、実績がない中で信頼を得ることの難しさ。大手企業の手厚い福利厚生や組織的なサポートがない環境で、全てを自己責任で行うことの重圧。特に、収入が不安定な時期には、これまでの安定した経済状況とのギャップに苦しむこともありました。
しかし、田中さんはこれらの困難から逃げませんでした。積極的にESG関連のイベントに参加して人脈を広げ、個別の企業の課題に真摯に向き合い、小さな案件から着実に実績を積み上げていきました。前職で培った課題分析力やコミュニケーション能力、そして何よりも「社会課題解決に貢献したい」という強い情熱が、彼を支えました。
得られた充実感とセカンドキャリアの形
キャリアチェンジから数年が経ち、田中さんはESGコンサルタントとして確固たる地位を築きつつあります。経済的な安定は前職の管理職時代と同等とまではいかないかもしれませんが、仕事から得られる充実感は格段に増したと言います。
大企業の一部としてではなく、社会全体が持続可能になるための変革の最前線で働いているという実感。クライアント企業がESGへの取り組みを進め、それが社会や環境にポジティブな影響を与える一助となることに、大きなやりがいを感じています。また、多様な業種・規模の企業と関わることで視野が広がり、常に新しい知識を吸収し、自己成長を続けているという感覚があります。
セカンドキャリアとしてのESGコンサルタントは、これまでのマネジメント経験や業界知識が無駄になるわけではありません。企業の組織構造や意思決定プロセスを理解していることは、クライアントへの提言を行う上で大きな強みとなります。また、社会人として培ってきた信頼性や課題解決能力は、異分野でも十分に通用する汎用的なスキルです。
キャリア変革を考える読者へ
田中さんの事例は、安定したキャリアからの転身が、決して容易な道ではないことを示しています。経済的なリスク、未知への不安、学習の負担など、乗り越えるべき壁は多く存在します。
しかし同時に、自身の内なる声に耳を傾け、社会的な意義のある仕事に情熱を燃やすことが、年齢に関係なく可能であることも教えてくれます。キャリアの後半に差し掛かる時期だからこそ、これまでの経験を活かしつつ、社会にどう貢献したいのか、どのような働き方をしたいのかを深く内省することが重要となります。
安定を捨てることは、確かに大きな勇気が必要です。しかし、そこで得られるであろう仕事への深い満足感や、社会との新たな繋がりは、それまでのキャリアでは得られなかった価値かもしれません。もし、あなたが安定した場所で立ち止まり、キャリアの可能性に思いを巡らせているのであれば、田中さんのように一歩踏み出した人々の足跡をたどることから始めてみてはいかがでしょうか。現実的なリスクを把握し、必要な準備を進めながら、自身の情熱が向かう方向を探る旅は、きっと新たな地平を切り開く力となるはずです。