安定した大手企業管理職から、人事・組織開発の専門家として独立した変革者の現実
安定からの転身:大手企業管理職が専門性を活かし独立する道
長年勤めた組織での地位や安定した収入を手放し、新たな世界へ飛び込むキャリアチェンジは、多くの人にとって大きな決断を伴います。特に、40代後半を迎え、管理職という安定したポジションにある方々にとって、その決断はより一層重いものに感じられるかもしれません。しかし、自身の培ってきた専門性や経験を基盤に、全く新しい働き方を選択し、人生の充実度を高めている変革者も存在します。
今回は、大手企業で人事部の管理職として活躍していたA氏(仮名)が、その安定した立場を離れ、人事・組織開発の専門家として独立し、フリーランスとして活動を始めた事例をご紹介します。彼のキャリア変革の背景には何があったのか、どのような困難に直面し、それをどのように乗り越えたのか。そして、セカンドキャリアとして選んだ道で、彼は何を得たのでしょうか。経済的な側面も含めた現実にも焦点を当てていきます。
なぜ安定を捨て、未知の世界へ踏み出したのか
A氏は、約20年間、大手企業の企画部門や人事部門でキャリアを積み、最後は人事部のマネージャーとして組織の中核を担っていました。部下も複数持ち、年収も同世代と比較して高い水準にあり、客観的に見れば「安定した成功キャリア」そのものでした。
しかし、A氏の中に徐々に芽生えてきたのは、ある種の閉塞感だったと言います。組織内の調整や、決定までの長いプロセスに疲弊し、自身の専門性である人事や組織開発に関する知見を、もっとダイレクトに、もっと多くの企業や組織の課題解決に役立てたいという思いが強くなっていきました。また、長年一つの組織に属することで、「組織人」としての自分と、「専門家」としての自分のバランスに疑問を感じ始めていたことも、転身を考える大きな動機となりました。
「組織の中では、決められた範囲でしか動けません。もちろん、それは組織として成果を出すためには必要なことですが、私個人としては、もっと多様な企業文化や課題に触れ、自分の知識や経験がどこまで通用するのか試してみたいという気持ちが強くなったのです。そして、何よりも、本当に困っている中小企業やスタートアップの組織づくりに、自分の専門性を使って貢献したいという思いが募りました」とA氏は当時を振り返ります。安定した管理職という立場は魅力的でしたが、自身の成長と社会への貢献という観点から、新たな挑戦への意欲が勝ったのです。
転身に伴う現実的な困難と葛藤
キャリアチェンジ、特に独立という道は、バラ色の成功だけではありません。A氏もまた、数多くの困難と現実的な壁に直面しました。
最大の不安は、やはり経済的な側面でした。長年保証されてきた月々の給与がなくなり、自身の働き次第で収入が大きく変動する生活への適応は、想像以上に厳しいものでした。特に最初のうちは、案件獲得に苦労し、貯蓄を切り崩す日々が続きました。「大手企業の肩書がなくなったことで、これまで簡単に会えた人に会えなくなったり、新規の問い合わせが全くなかったりする期間もありました。自分の価値が、組織に依存していた部分が大きかったのだと痛感しました」とA氏は語ります。住宅ローンや子供の教育費など、家族を支える責任がある中で、この経済的な不安定さは常に大きなプレッシャーとなりました。
また、組織を離れたことによる心理的な葛藤も大きかったと言います。これまで当たり前だった同僚との連携や、組織が提供する情報、そして何より組織の後ろ盾がない中で、全ての責任を自分一人で負うことの重圧です。孤独感を感じることも少なくありませんでした。さらに、家族からの理解を得ることも、簡単なことではありませんでした。特にパートナーからは、安定を捨てることへの強い懸念が示され、何度も話し合いを重ねる必要がありました。
困難を乗り越えるための戦略とマインドセット
これらの困難を乗り越えるために、A氏はいくつかの重要な戦略とマインドセットを持ちました。
まず、経済的な不安に対しては、徹底した資金計画とリスク管理を行いました。独立前に、少なくとも1年分の生活費を貯蓄し、不測の事態に備えました。また、最初のうちは単価の高い大型案件にこだわるのではなく、実績作りのために比較的規模の小さい案件も積極的に引き受け、徐々に信頼と実績を積み重ねていきました。
仕事獲得については、これまで培ってきた人脈を最大限に活かしました。前職の同僚や取引先、業界団体などで積極的に情報交換を行い、自身の専門性と独立した立場だからこそ提供できる価値を伝え続けました。また、自身の専門領域に関するブログやSNSでの発信、セミナー登壇などを通じて、個人としてのプレゼンスを高める努力も惜しみませんでした。「最初から大きな仕事があるわけではありません。地道な営業活動と、自身の専門家としての信頼性を高める努力が不可欠だと学びました」とA氏は言います。
心理的な側面や孤独感に対しては、独立した仲間とのネットワークを大切にしました。定期的に情報交換や悩みの共有を行うことで、精神的な支えを得ることができたそうです。また、自身の専門性を常にアップデートするために、関連書籍の購読やオンラインセミナーへの参加など、自己投資を継続しました。これにより、常に新しい知識やスキルを習得し、クライアントに対してより質の高いサービスを提供できるようになりました。
家族との関係については、経済状況や仕事の進捗をオープンに共有し、不安を正直に伝え、理解を求める努力を続けました。自身の働く姿を見てもらうことで、単なる「無謀な挑戦」ではなく、自身の意志に基づいた「新しい働き方」であることを理解してもらうことができたと言います。
キャリアチェンジ後の働き方と得られたもの
独立から数年が経ち、A氏は人事・組織開発の専門家として安定的に仕事を受注できるようになりました。大手企業時代と比較すると、年収は変動しますが、全体としては同等かそれ以上の水準を維持しています。
働き方は大きく変化しました。特定のオフィスに通う必要はなくなり、自宅やコワーキングスペース、クライアント先など、場所を選ばずに働いています。時間管理も全て自分で行うため、柔軟な働き方が可能になりました。ただし、その分、自己管理能力が強く求められます。仕事とプライベートの境界線が曖昧になりがちであるため、意識的にメリハリをつける工夫が必要だと言います。
このキャリア変革を通じて、A氏が得たものは数多くあります。
専門性の深化と貢献の実感
最も大きな変化は、自身の専門性に対する自信と、それが社会に貢献できているという実感です。組織内のしがらみから解放され、純粋に人事・組織開発のプロフェッショナルとしてクライアントの課題解決に向き合うことができるようになりました。多様な企業規模や業界の組織に触れることで、自身の知見が広がり、専門性がより一層深まっていることを感じています。クライアントから直接感謝の言葉をもらったり、自身の提言が組織の変化に繋がったりする瞬間に、大きな働きがいを感じています。
経済的な現実とリスク管理の重要性
経済的な側面は、独立初期の苦労はあったものの、安定して仕事を得られるようになってからは、自身の価値を正当に評価してもらえるようになったと感じています。ただし、常に市場の動向や自身の専門領域のニーズを把握し、自己投資を続けることが経済的な安定には不可欠です。また、体調管理や不測の事態への備えなど、組織に守られていた時には意識しなかったリスク管理の重要性を改めて認識しました。
働きがいと人生の充実度
安定した管理職という地位を離れたことで、得られた働きがいは計り知れません。自身の裁量で仕事を選び、自身のペースで働くことができる自由。直接的な貢献を通じて得られる達成感。そして何よりも、組織の看板ではなく「自分自身」として評価されることの喜びです。もちろん、全てが順風満帆というわけではありませんが、自身の選択に基づいて、主体的にキャリアを築いているという感覚が、人生全体の充実度を高めているとA氏は語ります。
「確かに、最初は大変でしたし、不安も大きかったです。でも、あの時一歩踏み出していなければ、今の自分はなかったでしょう。安定も大切ですが、それ以上に自分が本当にやりたいこと、自身の力を試せる環境に身を置くことで、得られるものは大きいと実感しています。セカンドキャリアを考える上で、これまでの経験をどう活かすか、そしてどんな働き方をしたいのかを真剣に考えることが重要だと伝えたいです」とA氏は語ります。
セカンドキャリア構築への示唆
A氏の事例は、安定した地位にいるからこそ、自身の専門性や経験を異なる形で社会に還元できる可能性を示唆しています。セカンドキャリアを考える40代後半の管理職の方々にとって、この事例から得られるヒントはいくつかあります。
まず、自身の「本当にやりたいこと」や「提供できる専門性」を深く見つめ直すことの重要性です。組織内での役割だけでなく、一人のプロフェッショナルとして何ができるのかを自問自答することが、新たな道を切り拓く第一歩となります。
次に、経済的なリスクや仕事獲得の困難など、独立や異分野への転身に伴う現実的な側面から目を背けないことです。事前の準備(資金計画、情報収集、人脈構築)と、困難に立ち向かう覚悟を持つことが、成功への鍵となります。
そして、最も重要なのは、主体的に学び続け、変化に適応していく柔軟性です。外部環境は常に変化します。自身の専門性を陳腐化させないための継続的な学習と、新しい働き方やビジネスモデルを受け入れる姿勢が、セカンドキャリアを豊かに構築していく上で不可欠です。
安定からの転身は、決して容易な道ではありません。しかし、A氏のように、自身の情熱と専門性を武器に新たな一歩を踏み出し、現実的な困難を乗り越えながらセカンドキャリアを築いていくことは可能です。この事例が、キャリア変革を志す方々にとって、自身の可能性を考えるための一助となれば幸いです。