安定した管理職から、M&A仲介の世界へ。リスクと報酬を追う変革者の現実
安定した企業で管理職として長年キャリアを積まれた方が、全く異なる世界へ飛び込む「キャリア変革」。その中でも、高い専門性と成功報酬型のビジネスモデルを持つM&A仲介業への転身は、大きなリスクを伴う一方で、自身の経験と能力を活かし、新たな働きがいや経済的な可能性を追求する道として注目されています。
ここでは、安定した管理職の地位を離れ、M&A仲介の世界に飛び込んだ一人の変革者の足跡をたどりながら、その現実とセカンドキャリアの構築について考察します。
安定した地位からの転身を決意した背景
今回ご紹介するAさんは、長年大手製造業で経営企画部門の管理職を務めていました。企業の成長戦略立案や国内外のM&A案件にも携わる中で、企業経営のダイナミズムと、事業承継問題に悩む多くの中小企業の存在を知ります。安定した環境で働く中で、自身の培ってきた経営に関する知識や分析力、交渉力を活かし、もっと経営者個人や企業の存続という本質的な課題解決に直接貢献したいという思いが募っていきました。
特に、経営者の高齢化が進み、後継者が見つからないために廃業を余儀なくされる優良企業が少なくないという現実を知り、「これまでの自分の経験が、このような社会課題の解決に役立つのではないか」という強い問題意識を持つようになったことが、転身を考える決定的な契機となりました。安定した環境に安住するのではなく、自身の能力を社会のために最大限に活かしたいという内発的な動機が、大きな一歩を踏み出す原動力となったのです。
M&A仲介業への転身、直面した現実と葛藤
M&A仲介業への転身は、Aさんにとって未知の世界への挑戦でした。最も大きな変化は、収入構造です。長年培われた安定した給与所得から、案件が成立して初めて報酬が得られる完全成功報酬型へと変わります。転職後、最初の数ヶ月はもちろん、1年近く収入がゼロという期間も覚悟する必要がありました。家族の理解を得ること、そして数年分の生活費を賄えるだけの貯蓄を準備することは、必須の条件でした。経済的な不安は常に付きまとい、精神的なプレッシャーとして重くのしかかります。
また、管理職時代とは全く異なるスキルセットが求められることも課題でした。経営企画の経験は活きるものの、M&Aに関する専門的な知識(会計、税務、法務など)はさらに深める必要がありましたし、何よりも、新規顧客開拓のための営業力、そして経営者との信頼関係をゼロから構築するコミュニケーション能力が不可欠です。過去の肩書は関係なく、一人のプロフェッショナルとして、自身の能力と人間性で勝負しなければなりません。
未知の業界に飛び込み、新しい人間関係を築く過程での孤独感や、思うように案件が進まない時の焦りや不安は、安定した環境では経験したことのないものでした。しかし、Aさんはこれらの困難に対し、徹底的な学習と、自身の強みを活かす戦略で向き合いました。
困難を乗り越え、セカンドキャリアを築く
Aさんが困難を乗り越える上で活かせたのは、管理職として培ってきた高い分析力とプロジェクトマネジメント能力でした。複雑なM&Aプロセスを分解し、各段階で発生しうるリスクを予測・管理する能力は、案件を円滑に進める上で非常に有効でした。また、多様な部署や外部関係者と調整してきた経験は、売り手・買い手双方の関係者の間で合意形成を図る交渉場面で役立ちました。
加えて、成功の鍵となったのは、自身の「人間力」と「誠実さ」でした。M&Aは企業の存続や経営者の人生に関わる重大な決断です。単なるビジネススキルだけでなく、経営者の立場に寄り添い、真摯に耳を傾け、信頼関係を築くことが何よりも重要であることを、Aさんは転身後に深く実感したと言います。管理職として多くの部下や関係者と向き合ってきた経験が、ここでも生きました。
経済的な安定は失ったものの、案件が成立した際の達成感や、廃業の危機にあった企業が存続できた時の社会貢献の実感は、これまでの仕事では得られなかった大きな働きがいとなっています。収入も不安定ながら、成功すればサラリーマン時代の比ではない報酬を得られる可能性があり、自身の努力と成果が直接的に評価される世界に大きな魅力を感じています。
この事例から学ぶ、安定からのキャリア変革
Aさんの事例は、安定した環境から未知の領域へ飛び込むキャリア変革が、決して容易な道ではないことを示しています。特に経済的なリスクは現実のものであり、事前の準備と覚悟が不可欠です。
しかし同時に、自身の経験や培ってきた能力を異分野で活かし、新しい価値を生み出す可能性も秘めていることを教えてくれます。重要なのは、「なぜキャリアを変えたいのか」という内発的な動機を明確にすること、そして転身先の現実(リスク、必要なスキル、働きがい)を冷静に分析することです。
キャリアチェンジを検討する際には、現在の安定を失うことへの恐れや、未知への不安はつきものです。しかし、Aさんのように、自身のスキルや経験が社会にどう貢献できるか、どのような働きがいを求めるのかを深く問い直すことで、安定を手放してでも挑戦する価値のあるセカンドキャリアの道が見えてくるのかもしれません。自身の可能性を信じ、変化を楽しむ姿勢が、キャリア変革を成功させる鍵となるのではないでしょうか。